東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)652号 判決 1966年3月07日
原告 高松博
被告 株式会社国民相互銀行
主文
原告の主位的請求および予備的請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
<省略>
理由
第一、主位的請求について、
(一) 訴外小橋照夫が被告銀行常盤台支店長在任当時本件約束手形一通を作成し、これを訴外舟橋一に交付したことおよび右舟橋が本件手形を満期の翌々日である昭和三九年一一月九日支払場所に呈示して支払を求めたところ、偽造手形の理由によりその支払を拒絶されたことは当事者間に争のない事実であり、成立に争のない甲第一号証、および本件口頭弁論の全趣旨によれば、原告は本件手形をその満期後である昭和四〇年三月三日に舟橋から白地裏書の方式で譲渡を受け所持人となったものであることが認められる。
(二) 被告は本件手形は小橋照夫が代理権限なくして振出したものであると主張し、原告は小橋は被告銀行の常盤台支店長としてその支店業務に関し支店長と同一の包括的代理権を有したものであるから、約束手形の振出が禁止されていたとしても、商法第三八条第三項によりその代理権に加えられた制限は善意の第三者である舟橋に対抗できないと主張するので判断する。
小橋照夫が被告銀行常盤台支店の支配人に選任されたことはもちろん右支店業務について裁判外の一切の行為については包括的代理権を与えられていた事実ないし本件手形振出の代理権限を有した事実を認め得る証拠はない。
かえって、各その成立について争のない乙第四号証の一ないし三および証人中村龍彦の証言によれば、被告銀行は相互銀行法第二条の定めるところに従い預金業務、貸付業務および相互掛金業務等を行う相互銀行であって、その支店及び本店の指揮命令を受けて支店業務に従事するものであり、右業務のうち本件手形振出当時においては手形貸付について金額五万円、手形割引については金額一〇万円の範囲内においてのみ支店かぎりでこれを行い得る権限を与えられていたに過ぎず、常盤台支店長小橋照夫についても右と同一であり、右支店業務についての包括的代理権はもちろん本件手形を振出す権限は与えられていなかったことが認められる。
よって、他の点について判断するまでもなく商法第三八条第三項に基く原告の主張は採用することができない。
(三)次に商法第四二条に基く原告の主張について判断する。
小橋照夫が被告銀行の常盤台支店長なる名称の使用人であったことは前に判示したとおりであるから、商法第四二条により同人は相手方が悪意である場合のほかは、同支店の営業に関する裁判外の行為について支配人と同一の権限を有するものとみなされるものといわなければならない。
被告は、同条によって表見支配人が権限ありとみなされる行為はその営業主の営業に関する行為に限られるものであるところ、被告銀行は相互銀行法第二条所定の業務を営業目的とするものであって、約束手形の振出は右業務の範囲に属しないのであるから、本件手形の振出については商法第四二条の適用がないと主張する。
相互銀行である被告が、相互銀行法第二条所定の行為を営業目的とするものであることは被告の主張するとおりである
しかしながら、商法第四二条第一項によって表見支配人が権限あるものとみなされる営業に関する行為には営業主(会社)の定款又は法律によって定められた営業目的のほかその権利能力の範囲に属する右営業を遂行するために必要な行為をも包含するものと解するを相当とする。取引決済の手段としての手形行為はその外形的性質からいかなる営業についても営業に必要なものとして営業に関する行為と認めるべきであり、相互銀行の支店長が支店名義の約束手形を振出すことは特段の事由のないかぎり右支店の営業のためになされたものと推定すべきものであるから約束手形の振出が前記法条所定の営業目的外の行為であるということだけでは商法第四二条第一項の適用を免れ得ないものといわなければならない
次に、被告は舟橋一は本件手形を取得する当時小橋照夫が右手形振出の権限を有しないことを知りながらこれを取得したものであると主張するので検討する。
証人小橋照夫の証言によって各その成立が認められる甲第二号証、同第四号証、乙第二号証、証人小橋照夫、同舟橋一、同永田信夫(但し舟橋、永田証言中後記信用しない部分を除く)の各証言を綜合すると次の事実が認められる。
小橋照夫は被告銀行常盤台支店長在任当時の昭和三九年一〇月一九日頃同支店の貸付先である訴外日本材建工業株式会社の専務取締役川人献三から同人を同行してきた金額およびその斡旋業者である舟橋一を紹介されて同人を知った。
その際川人献三は小橋に対し舟橋から訴外大機産商株式会社振出の約束手形(金額二五〇万円のもの二通)の割引を受けるについて保証を依頼したが、小橋は被告銀行常盤台支店長の資格では保証することができないと断り、小橋個人として保証することを承諾した。
右川人の手形割引については舟橋がその資金を一たん被告銀行常盤台支店に預金し、これを担保として同支店から川人に貸付ける形式を採ることにし、舟橋は永田信夫名義で右資金五〇〇万円を同支店に通知預金をし、次で右金額は川人に交付された。
次で小橋は舟橋から上記約旨により右割引手形について保証を求められ保証書を差入れることになったが、右書面の作成にあたり舟橋からさきに川人献三が舟橋から割引を受けていた大機産商株式会社振出の金額一〇〇万円の約束手形二通についても保証することおよび右保証書には被告銀行常盤台支店長の肩書を付けることを要求されたので、その際持合していた被告銀行常盤台支店長小橋照夫の記名押印のある用紙を使用して前記大機産商株式会社振出の金額二五〇万円の約束手形二通および金額一〇〇万円の約束手形二通について保証する旨の同年一〇月一九日附保証書を作成し、これを舟橋に交付した。右書面の作成、交付はいずれも被告銀行常盤台支店の建物外で行われた。
その後同年一〇月二一日頃舟橋から小橋に対し、被告銀行常盤台支店の保証のある手形ならば、日歩三銭以下で金融するところがある旨の申出があったので、小橋はこれに応じ、割引を受ける目的で、宛名、満期および振出日を白地とする本件手形一通を作成し、これを持参して、同日常盤台駅前の喫茶店で舟橋に会い割引のあっせんを依頼した。しかし舟橋は金主の都合もあるので今晩金主を同道するからということで、同夜再び渋谷の倉富旅館で会合することになった。
同日夜右倉富旅館で小橋は舟橋から金主となる訴外松浦精一を紹介されたが偶然にも右松浦は小橋とは旧知の間柄であり、小橋の地位等を知っていたので、小橋に対し「支店長、この手形は本店の決裁を受けているのか、本店に内緒でやるのか」等の質問がなされ小橋が「本店に内緒でやるのだから、堅いところに頼み度い」旨返答したところ、松浦は「そんな冒険は止めた方がよい」といって本件手形の割引を速座に断った。舟橋は終始同席して右問答を聞いていたが「それではこの手形は前に小橋が保証した大機産商株式会社振出の手形の保証として預る」といって小橋から本件手形を取り上げた。小橋はそれは困るといって一応は右手形の返還を求めたが、結局やむを得ず右保証手形を決済する資金を作るまでの間舟橋に本件手形を保証手形として交付することを承諾し、後日舟橋から本件手形の預り証の交付を受けた。
証人舟橋一、同永田信夫の証言中以上の認定に反する部分は信用することができず、他に右認定を左右し得る証拠はない。
右に認定した事実によれば、本件手形が舟橋に交付される際に多少のいざこざはあったにしても、結局流通に置かれたものとみるのほかはないが、舟橋は小橋が本件手形を振出す代理権限を有しなかったことはもちろん、被告銀行常盤台支店長としては手形保証ないし手形振出等の広汎な権限を与えられていなかったものであることを十分に知っていたものと確認しなければならない。
そうだとすれば、舟橋は商法第四二条第二項にいう悪意の相手方に該当するから小橋照夫については同条等一項の適用がないものといわなければならない。
原告は支払拒絶証書作成期間経過後に本件手形の裏書を受けたものであることは前段判示のとおりであって、被告の舟橋に対する抗弁をもって対抗される関係にあるのであるから、商法第四二条の適用があることを前提とする原告の主張もまたその理由がない。
(四) 以上に判断したところによれば、本件手形は小橋照夫の無権代理行為によって振出されたものであり、被告銀行はその支払の義務を負わないから、被告に対し本件手形の支払を求める原告の主位的請求は失当として排斥を免れない。
第二、予備的請求について、
舟橋一が本件手形は小橋照夫の無権代理行為によって振出されたものであることを知っていたことおよび原告は本件手形が満期に呈示されたところ偽造手形を理由にその支払を拒絶せられた後の昭和四〇年三月三日に舟橋から裏書を受け、その所持人になったものであることはさきに判示したとおりであって、各その成立について争のない甲第一〇号証、同第一一号証、乙第一号証、同第三号証、および原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は前掲川人献三から、小橋の本件手形の振出については川人にも責任があるので後日川人において本件手形の買戻しをするから一先づ原告が舟橋から買取って貰い度い旨の依頼を受けたので、当時被告銀行の告訴によって小橋照夫、舟橋一に対し本件手形の偽造事件に関し捜査が行われ本件手形はその証拠物件として検察庁に押収されていたところ、その還付を受けて昭和四〇年三月三日に舟橋から事件付ということで代金五〇〇万円で本件手形を買受けたものであることが認められ他にこれに反する証拠はない。
民法第七一五条は被用者が使用者の業務の執行について違法に第三者の利益を侵害しこれによって第三者が被った損害について、使用者に賠償の責を負わせるものである。
前記認定の事実によれば、原告は本件手形が被告銀行を代理して手形を振出す権限を有しない小橋照夫によって振出されたものであり、既に同人について刑事事件としての訴追がなされ、被告銀行もそれを理由に本件手形金の支払を拒絶している事情を十分に知悉しながら敢て舟橋からこれを買取ったものであると認むべきものであるから、被告銀行から本件手形金の支払を受けることができず前記買受代金五〇〇万円相当の損失を被ることがあるとしても、それは前記事情を知りながら本件手形を買受けたことに因るのであって、これをもって、直ちに小橋照夫が被告銀行の業務の執行につき違法に加えた損害であるとすることはできないばかりでなく右のような悪意の第三者までも使用者の責任において保護しなければならないとする理由はとうてい認められないから民法第七一五条に依拠して被告に対し損害賠償を求める原告の予備的請求は他の点について判断するまでもなく失当として排斥を免れない。